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人々の心にともる歴史の炎
会津地方は古くから漆の産地として全国的にも知られており、その実から絞り出され、加工された漆ろうそくは、人々の生活に欠かすことができない大切な「「明かり」として灯されてきました。
KANEYAMA URUSI ROUSOKU
工房紹介
- 金山町中央公民館
(和ろうそく復古会)
TEL 0241-54-5361
〒968-0011
大沼郡金山町川口字谷地393
金山漆ろうそくの歴史
漆ろうそくの歴史的資料は少なく、宝徳年間(1449〜51)の芦名盛信の頃にはあったとされています。文化六年(1809)の『新編会津風土記』によれば、天正四年(1576年)に芦名盛隆が蝋燭一千挺と駿馬を織田信長に送った記録が残ります。また、寺島良安の『和漢三才図会』にも、会津の土産として漆と蝋が記されていることから、当時の会津の特産品として蝋はかなり知られていたことがわかります。
職人の技を知る
漆ろうそくは、まず漆の実をふかし、麻袋に詰め、欅などの堅い木をくりぬいて作った「絞り舟」と呼ばれるものに移し、蝋を絞り出します。あらかじめ作っておいたろうそくの芯巻きを、一度火に掛け溶かした漆蝋に浸していきます。この作業を繰り返し、ある程度の太さになったら、ろうそくの形に整え完成します。古い資料によると、男性が漆の実を収穫し、絞り出すまで作業し、芯巻きや形を整える作業は主に女性や老人の仕事だったようです。
和ろうそく復古会会長の星正弥さんは、「会津は昔から漆の産地として全国的にも有名だったようです。漆の木の樹液は漆器を塗るため、そしてその実は蝋をつくるための材料にしていました。昭和30年代前半くらいまでは、漆の実を搾り、蝋を採る職人があちこちにいましたが、時代の流れには逆らえず途絶えてしまいました。」と、当時の様子を振り返ります。
一度は途絶えた漆ろうそくですが、平成14年に星さんを中心に8人の有志が当時の資料をもとに、再びよみがえらせました。星さんは「この漆ろうそくは、とても手間ひまがかかり売り物にはなりません。しかし私たちが復活させた理由は、この地方に残る文化の一つを後世に残したかったからなのです」と、古くからの伝統を守ろうとする熱い想いが伝わってきます。
