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2019.12.15(日) 17:10 喜多方市美術館「館蔵展」の見どころ紹介(Ⅰ)

  • 会津

 今回企画展では、現在、福島県立美術館で開催中の「森田恒友展」との共同企画として、「喜多方美術倶楽部と森田恒友」というコーナーを設けます。
 県立美術館で開催中の「森田恒友展」については、下記のHPをご覧ください。
 https://art-museum.fcs.ed.jp

また、喜多方市美術館で12月14日(土)から開催します「館蔵展」の詳細は、
下記の当館HPをご覧ください。
 http://www.kcmofa.com

それでは、森田恒友と喜多方地方はどんな関係があるのでしょう。
 大きな繋がりは、かつて喜多方地方にあった「喜多方美術倶楽部」との関係です。
 色々な地方の歴史を知ることで、より深い観覧ができるのではないでしょうか。
 ちょっと読んでいただければとご紹介いたします。

喜多方美術倶楽部と森田恒友
 森田恒友(1881〜1933)は埼玉県出身で、詩情豊かな優しい田園風景を描く作家として知られています。一時期、山都村(現喜多方市山都町)にある喜多方美術倶楽部会長の田代家に滞在し、会津地方の風景画を描きました。
「喜多方美術倶楽部」は、大正7年(1918年)1月7日、大雪の日に同倶楽部は結成されますが、山都村の有力者である田代蘇陽(そよう)は、かねてから美術愛好家の親睦団体を喜多方に結成する構想を持っておりました。この契機となったと言われていますのが、大正5年から6年にかけて急速に親しくなった森田恒友の存在と、大正6年に小川芋銭が日本美術院同人に推挙されたことによるものとされています。
 顧問に小川芋銭、森田恒友、会長には田代蘇陽自らが座り、田代家には、「喜多方美術倶楽部名誉会員・賛助員芳名録」と「同倶楽部会員名簿」が残されています。同倶楽部清規には、会津来遊の美術家を歓迎し、画会・頒布会の開催に及ばず、数年をして美術倶楽部の建物を新築し美術奨励の活動の拠点とすることが銘記されているのです。何と先進的で斬新的な考えであったことでしょう。
 今回、福島県立美術館で開催中の「森田恒友展」の共同企画として、喜多方市美術館では「喜多方美術倶楽部と森田恒友」というテーマに、その他ゆかりのある作家も紹介します。是非この機会に、十分な展示数とは言えませんが、喜多方市美術館の収蔵作品をご覧いただきたくご案内をいたします。(参考資料;喜多方市史第10巻 文化編)
 今の喜多方地方でなぜこのような活動が可能となったのかについては、次号で紹介をしたいと思います。

趣意書冒頭部分抜粋
趣意書冒頭部分抜粋

【記者: 道の駅喜多の郷

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