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花・木・植物 【特集】桜スポット
石部桜
樹齢約650年といわれるエドヒガンで、中世会津の領主葦名氏の重臣、石部治部大輔の庭にあったと伝えられています。枝張りは最も広いところで約20メートルあり、のびのびと枝を広げる姿は圧巻です。
会津 会津若松市 -
神社仏閣
石背国造神社
岩瀬一円の総鎮守。古文書が多く収蔵されており、岩背文庫として郷土史家に珍重されています。4月17日に行われる神幸祭は、平安時代さながらの衣装を身にまとった氏子が、神輿とともに町内を練り歩きます。
県中 須賀川市 -
史跡・歴史的建築物・文化財 神社仏閣
石造五輪塔
国の重要文化財指定高さ180cmの五輪塔で、石川氏の菩提寺であった巌峯寺参道の履堂の中に安置され、藤原時代末に領主源基光の墓として建立された石塔婆。「治承五年辛丑十一月日為源基光尊」の銘記があり、安山岩を用いた五輪塔は宝珠を欠くが、日本の石造工芸史上、また仏教美術史上でも価値のある史跡です。※治承5年(1181)
県中 玉川村 -
史跡・歴史的建築物・文化財 神社仏閣
石造阿弥陀三尊来迎供養塔
長命寺境内にあり、極楽往生を願い建立されました。石面の中央から二つに分け、それぞれ阿弥陀如来を中央に、右側に観音菩薩、左側に勢至菩薩の三尊仏が立像彫りになっています。すべて立ち姿で飛雲に乗っており、一刻でも早く極楽浄土へ行きたいという人々の願いがあらわれていると考えられます。県内の供養塔の中でも最高級のものです。
県中 須賀川市 -
史跡・歴史的建築物・文化財
青山城跡
鎌倉幕府の御家人であった佐原十郎義連の孫・加納五郎左衛門盛時、あるいはその子孫が築城したものと伝えられています。史料により、盛時はこの付近一帯の加納荘を領有していたことがわかっています。東西2つの城郭があったといわれ、現存するのは西側で東西約170m、南北約300mの規模です。丘陵の上にある日枝山王神社には物見台や矢倉台があったと考えられています。
会津 喜多方市 -
花・木・植物 史跡・歴史的建築物・文化財 神社仏閣
西念寺
天喜元年(1053)、藤原登任の開基、夕安和尚(せきあんおしょう)の開山で創立された浄土宗のお寺です。龍が地を這うように見える枝の形から「臥龍の松」と名付けられた、樹齢430年を超えるゴヨウマツは一見の価値があります。過去に3回火災に遭い3回とも芽を吹き返したことから、「三甦(みかえり)の松」とも呼ばれます。この松は、伊達政宗の父・輝宗が寄進した盆栽が移植されたものだという説もあります。昭和58年(1983)、福島県緑の文化財に指定されています。
県北 二本松市 -
神社仏閣
西根神社
威風堂々とした社殿には、飯坂温泉近隣の西根堰開削の恩人古川善兵衛と佐藤新右衛門の二人を祀っています。約400年前困難を乗り越え、摺上川の水を取り入れ、総延長30kmの西根上堰を1ヶ年にて完成しました。旧西根郷33ヵ所の原野を開田し、大穀蔵地帯にした遺徳を9ケ月にて西根下堰13km追慕し、水下の農民が神社を建立しました。西根神社は伊達、信夫地方開拓の実在の人物を祀る神社です。お正月三が日は、お正月三が日は、おとその振る舞い・もちまき・福引きなどが催されます。また境内には高畑天満宮(高畑の天神様)もあり、1月11~14日はどんと祭やうそかえ祭(関東以北では唯一)で賑わいます。
県北 福島市 -
公園 史跡・歴史的建築物・文化財
西行の歌碑
矢祭山公園内にある歌碑には、矢祭山の景勝をうたう「心ある人に見せばやみちのくの矢祭山の秋のけしきを」の歌が刻まれています。
県南 矢祭町 -
史跡・歴史的建築物・文化財 神社仏閣
西光寺
永禄年間(1560年代)に、須賀川城主二階堂氏の家臣、鏡沼藤内により建立されたものといわれています。白河城主・松平定信のもとで絵筆をふるっていた画僧の白雲上人が寛政9年に描いたとされる杉戸絵(県重文)は、12枚の杉戸24面に描かれており、スケールの大きさと力強い筆致が今なお鮮やかに迫ってきます。
県中 鏡石町 -
史跡・歴史的建築物・文化財
西原廃寺跡
昭和46年(1971)に福島市教育委員会が行った発掘調査によって発見されました。開山は天長7年(830)で、平安時代の末期に信夫庄司の寺一区として建立されたということが、類聚国史という古書に記されています。現在は礎石が復元されています。また、当時の様子を物語る地名が数多く見られます。
県北 福島市 -
神社仏閣
西軍墓地
大町の会津町方伝承館の近く、東明寺墓地にあり、戊辰戦争で会津に攻めてきた西軍のうち若松付近で戦死した薩摩、長州、大垣、肥州、備州などの将兵を埋葬し、150基の墓が建てられています。戊辰戦争では、会津藩だけではなく、西軍にも多数の犠牲者が出ました。この墓地は、会津若松付近で戦死した将兵のお墓で、戊辰戦争で亡くなった西軍の人々が静かに眠っています。大町通り近くにあり、まちあるきの際に立ち寄ることができます。
会津 会津若松市 -
史跡・歴史的建築物・文化財
西郷邸跡
西郷頼母邸跡は、鶴ヶ城正面の追手町に位置しています。西郷頼母は、会津藩主・松平容保に京都守護職を任されたときに辞退を進言し、容保の怒りを買って職を解かれました。戊辰戦争が起こると、家老職に復帰しますが、白河口の戦いで敗れます。西軍が城下町に乱入したとき、家老西郷頼母の家族ら21人は辞世の句を残して自決しました。妻・千重子の墓は市内の善龍寺にあります。
会津 会津若松市