MODEL COURSE

戊辰戦争で幼い子が兵士となり討死してしまった「二本松少年隊」。その悲劇を生んでしまった二本松城や、 新政府軍と激しく交戦した激戦地を巡るコース。

01
仙台藩までの最後の砦「駒ヶ嶺城」

駒ヶ嶺城には仙台藩の本営が置かれましたが、平城(いわき市)を攻略して、浜通りを北上する新政府軍は間もなく城への攻撃を開始しました。仙台藩兵と応援にかけつけた相馬藩兵との激戦となりますが、城は炎上、落城しました。浜通りのラストサムライたちが戦った、最後の激戦地です。

住所/福島県相馬郡新地町駒ケ嶺舘

車で約15分
02
相馬中村藩の藩庁「相馬中村城」

浜街道を北上してきた新政府軍に対して、仙台藩や米沢藩と共に応戦(磐城の戦い)しました。しかし、中村藩は小藩で装備も旧式、敗色が濃厚であると判断し、早々に新政府軍に降伏してしまいます。

住所/福島県相馬市中村北町
問合せ/相馬市生涯学習課 TEL.0244-37-2187

車で約30分
ちょっと
寄り道
甲冑着つけ体験

気分はラストサムライ!「甲冑着つけ体験」(南相馬市 南相馬観光協会)
実際に鎧をまとってサムライ気分を体感できます。

住所/福島県南相馬市原町区本町二丁目52番地
問合せ/南相馬市 南相馬観光協会 TEL. 0244-22-2114
※以下URLよりお申込が必要となります。
http://minamisomakanko.org

03
徹底抗戦した平藩の要「磐城平城」

戊辰戦争が始まると当主・安藤信正は奥羽越列藩同盟に加わり新政府軍に対抗しました。奥羽越列藩同盟側は救援に仙台藩や米沢藩、湯長谷藩、中村藩など多くの兵を送り込みます。家老・上板助太夫を中心に奮闘し新政府軍を何度か撃退しますが、敗北し城に火を放ち敗走することになります。

住所/福島県いわき市旧城跡28番地
問合せ/たいらまちづくり株式会社 TEL. 0246-21-7777

宿泊
2日目
04
奮闘するも近代兵器に屈した「棚倉城跡地」

藩主・阿部正静が藩兵を率いて奥羽越列藩同盟に加盟した棚倉藩は白河口において新政府軍と対峙しました。棚倉北部の逆川で板垣退助率いる西軍800名を迎え撃ちますが、攻撃に耐えられず落城。ついには降伏することになります。

住所/福島県東白川郡棚倉町大字棚倉字城跡
問合せ/棚倉町観光協会 TEL. 0247-33-7886

車で約1時間15分
05
少年たちの未来が散った「二本松城」

藩兵の大半が白河口に出向いている隙をつかれ、新政府軍が二本松城下に殺到し、僅か1日の戦闘において落城した(白河口の戦い・二本松の戦い)。手薄になった攻城戦においては、残された老兵たちと13〜17歳の少年たちで構成された「二本松少年隊」と呼ばれる少年兵も戦闘に動員されますが、悲しい最後を遂げます。

住所/福島県二本松市郭内三丁目
問合せ/二本松市役所観光課 TEL. 0243-23-1111

車で約10分
ちょっと
寄り道
大壇口古戦場

二本松城の南に位置する小高い丘「大壇口」は、奥州街道を北上してくる新政府軍を食い止める最後の砦。木村銃太郎を隊長とするわずか25人あまりの二本松少年隊は奮戦します。後に新政府軍の指揮官・野津道貫(のづ みちつら)は「辛うじて撃退することを得たが、恐らく戊辰戦争中第一の激戦であつたであろう」と、書物に記しています。

住所/福島県二本松市向原
問合せ/二本松市役所観光課 TEL. 0243-23-1111

車で約3分
二本松IC